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化学結合が無いのになぜ接着するのか?それは、表面張力と表面エネルギーのおかげ。

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材料を接着させるには化学結合が必要だと考える人が多いかと思いますが、それは必須ではありません。実際のところ、化学結合がなくても強力に接着します。

なぜ、化学結合がなくても接着するのでしょうか?

それは、表面張力や表面エネルギーの概念を知ればわかります。

表面というのは根源的に不安定である

板の表面であれ、粒の表面であれ、「表面」というのは根源的に不安定さを抱えています。

「表面」とは、自分とは違う異質なものとの接触面です。界面といったほうが分かりやすいかもしれません。

異質なものとの接触はなるべく避けたい、というのが材料の本音です。表面というのは根本的に不安定です。

水に油を垂らすと、油は球状になります。それは、油にとって「水」は異質な存在であり、なるべく接点をもちたくないからです。つまり、油が「水」との接点を最小限にしようとするため、接触界面の面積が最小となる球の形をとります。

表面の不安定さを表すパラメータ:表面エネルギー

ここでいうエネルギーとは、体中からみなぎってくるぞ!のエネルギーとはちょっと違います。状態の不安定さをさす言葉です。

マリオに出てくるボム兵で考えると分かりやすいです。普段のボム兵はエネルギーが低い状態、爆発する数秒前の赤くなったボム兵はエネルギーが高い状態です。

位置エネルギーも同じ考え方です。つまり、崖の上にいる人(位置エネルギーが高い)は、崖の下にいる人に比べて不安定だということです。

表面の不安定さを定量的に表すパラメータが表面エネルギーです。表面自由エネルギーと呼ぶときもあります。表面エネルギーが高いほど、表面は不安定であることを意味します。表面エネルギーは単位面積あたりのエネルギーで表され、単位はmJ/m2です。

例えば、純粋な固体表面の表面エネルギーは2,000〜3,000mJ/m2と極めて高いです。耐えきれない大きさです。したがって、固体表面は空気中の酸素を取り込んで表面に酸化層をまとって安定化されています。酸化層の表面エネルギーは200-300mJ/m2と言われています。酸化層をまとうことで表面の不安定さを1ケタ低くできます。

さらに、酸化層はより表面エネルギーの低いガス吸着層(100mJ/m2〜)をまとってさらなる安定化を図っています。そして、その上には有機物の付着や水の吸着が生じ、最終的に表面エネルギーは50〜60mJ/m2で落ち着くことになります。

表面張力は表面エネルギーとほぼ同義

表面張力と表面エネルギーは同じ数値です。表面張力の単位はmN/mで表されますが、J=N・mですから、mN/m = (mJ/m)/m = mJ/m2となり、表面エネルギーと同じになります。表面エネルギーが数字だけのスカラー量に対して、表面張力は数字と方向をもつベクトルです。違いはそれだけです。

液体のときは表面張力、固体のときは表面エネルギーと呼ぶことが多いようです。基本的に数字しか見ませんので、表面エネルギーも表面張力も同じものだと考えればよいと思います。

どのような材料だと表面エネルギーが高くなるのか?

材料の分子1つ1つに着目します。分子は、他の分子と接触することで自らの表面積を小さくしようとします。同じ材料の分子と接触するか、異質な材料の分子と接触するか。前述の通り、材料は異質なものとの接触は避けようとしますので、通常は同じ材料の分子同士で集まろうとします。

以下に述べる、1)または2)の性質をもつ分子はより強力に寄せ集まります。分子同士がおしくらまんじゅうをして自発的に会合しようとするイメージです。

見方を変えると、このような分子は寄せ集まっていないと気が済まないタチなわけで、分子同士が引き離されて表面を露出させられると、ものすごく不安定になります。したがって、以下1)または2)の性質をもつ分子ほど、表面エネルギーが高くなります。

1)永久分極している(=極性が高い)

極性が高い材料とは、分子内で常にプラスとマイナスに分極していている材料のことです。

例えば、水(H2O)です。水分子は常にプラスとマイナスに分極しているため、分子間にプラスとマイナスが引き合う力が生まれ、強く凝集します。

2)誘起分極しやすい

極性が低くても、外部から電場が与えられると大きく分極する分子もいます。例えば、分子の右側にプラスの電荷を帯びたものが近づいてきたら、分子の右側がマイナス、左側がプラスに分極するというものです。

常に分極していることを永久分極と呼ぶのに対し、こちらは誘起分極と呼びます。

一つの分子が誘起分極していたら、その隣の分子も誘起分極します。そして、その隣も同じです。どの瞬間も、誘起分極している分子は必ずいます。したがって、誘起分極しやすい分子というのは常に隣の分子と強く引き合っていると言えます。よって、誘起分極しやすい分子は強く凝集します。

なお、誘起分極は原子番号の大きいものほど大きくなります。原子番号の大きいものは電子をたくさん抱えているからです。つまり、1個のプラスと1個のマイナスより、10個のプラスと10個のマイナスに分かれた分子のほうが分極の度合いも大きくなるということです。

材料開発にどうやって活かすか?

材料開発において表面エネルギーの知識が役に立つのは、「接着力」アップや「濡れ性」アップを検討するときだと思います。2つの材料がお互いによく接着したり濡れるのは、相互接触により自らの表面エネルギーが減って安定する場合です。

理論はこれ

表面エネルギーに関する有名な理論式があります。Youngの式とDupreの式です。詳細は文末の【参考】を見てもらえればと思いますが、重要なのは、この2つの式から次のような式が導かれることです。

Wa(付着しやすさ)=γS(固体の表面エネルギー)+γL(液体の表面エネルギー)-γLS(固体-液体の界面エネルギー)

固体の板に液体を垂らすことを考えてください。固体の表面エネルギーが高い、液体の表面エネルギーが高い、固体-液体の界面エネルギーが低いほど、撥かずによく濡れることを表しています。

この考え方は固体と固体の場合も同じです。個々の固体の表面エネルギーが高く、固体同士が接触したときの界面エネルギーが低ければよく接着するということです。

2つの材料が別々に存在するときのエネルギー(γS+γL)よりも、2つの材料が接触しているときのエネルギー(γSL)が低ければ、よく濡れて接着する。その差が大きければ、濡れも大きく、接着力も高くなる。直感的にも理解できます。

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実用に活かす

材料開発では、2つの材料が接触したあとの界面エネルギー(γSL)を低くしようと試みます。基本的に個々の材料の表面エネルギーは制御できないためです。

界面エネルギーを小さくするには、固体の表面を相手材とよくなじむ物質で覆ったり、液体の中に固体の表面とよくなじむ物質を混ぜたりします。前者で有名なのはシランカップリング剤、後者だと界面活性剤です。

固体の表面というのは、基本的には親水性です。表面が酸化されて、-OHや-COOHといった親水基が生えているからです。シランカップリング剤とは、ざっくり言えば、親水基と反応する部分と、他の「官能基」からなる分子です。固体の表面とシランカップリング剤が反応すると、固体表面にシランカップリング剤の「官能基」が顔を出している格好になります。この官能基が相手材とよく馴染むのであれば、ぬれ性、接着性がよくなります。シランカップリング剤にはいろんな官能基をもったものが販売されています。

界面活性剤は、親水性の部分と疎水性の部分の両方をもった分子です。例えば、疎水性の液体に混ぜると、界面活性剤のうち疎水性の部分が液体側、親水性の部分が液体の外側に向きます。親水性の部分が固体表面の親水基となじんでよく濡れる/接着するという仕掛けです。

一番大事なこと!素人が必ず見落とすポイント

「なーんだ、結局は2つの材料の界面の馴染みをよくすりゃいい話じゃないか!こんなん長々と説明されんでも分かるわ!」と言われるかもしれません。

重要なのはここからです。

接触界面のエネルギーを下げても、濡れや接着がよくならない場合もあります。そして、その原因は上記の理屈で説明できます。

例えば、基板(固体)の上に絶縁保護のためのインキ(液状)を塗るとします。インキは疎水性ですので、基板の表面にシランカップリング剤を反応させて疎水化します。そうすることで、界面エネルギーが小さくなり、接着に有利になるはずです。

しかしながら、シランカップリング剤の種類によってはむしろ接着が悪くなるケースがあります。なぜか?

シランカップリング剤で処理することで、固体の表面エネルギーγSが大きく下がったからです。付着しやすさは理屈上、γS+γL-γSLで決まると説明しました。頑張ってγSLを小さくしたつもりが、その施策がγSも大きく下げるという副作用をもたらし、γS+γL-γSLの値がマイナスになってしまったという顛末です。

材料屋でも、この視点が抜け落ちている人が多いです。一意的に、界面エネルギーを下げればいいという話ではありません。

実際の現場では、シランカップリング剤や界面活性剤の検討をする際、γSがどれくらいになるかとか、γSLがどのくらい下がるかということはいちいち考えません。γSLが下がるような、なじみがよくなりそうなものをいくつかピックアップして実際に実験して、良かったものを採用するという流れです。

今回説明した話は、例えば、よかれと思って入れたシランカップリング剤が効かなかったときや、別の材料では効果のあった界面活性剤がこの材料系では全く使えなかったといった問題にぶち当たったときの現象理解、原因追究に使えると思います。

γS、γLは実測可能です。Waも、γLと接触角θがあれば計算できます。γSLは実測できませんが、γS、γL、Waが分かれば計算できます。

まとめ

材料開発をやっていると、直感的にうまくいきそうな対策をしてもうまくいかないことが多々あります。今回のように、γSLを下げるための施策がγSを大幅に下げてしまうことがあるという視点は、理屈を理解していないとなかなか見えてきません。

濡れ性や接着性の話は、材料開発をやっていると頻繁に出てきます。上述の基板/液状材料の例に限らず、フィラーと樹脂の混合、ポリマーアロイ(異なる樹脂のブレンド)など、いろいろなケースがあります。材料屋はぜひおさえておきたいポイントです。

参考

1)Youngの式:γS(固体の表面エネルギー)= γL(液体の表面エネルギー)× cosθ(接触角)+ γLS(固体-液体の界面エネルギー)

2)Dupreの式:Wa(付着しやすさ)= γL ×(1+cosθ)

3)固体と液体が接触している時のエネルギー総和(γLS + Wa)と固体と液体が離れている時のエネルギー総和(γS + γL)は等しい。

1)〜3)から、Wa = γS + γL – γLSが導出されます。