樹脂やゴム材料を扱う技術者にとって、粘弾性は切っても切り離せない概念です。
にも関わらず、粘弾性の理屈についてちゃんと理解している人は少ないのではないでしょうか?
ここでは、粘弾性に関する感覚をつかめるように、樹脂やゴムのレオロジー特性、レオメーターのグラフの読み方について簡単に説明したいと思います。
粘弾性とは?
弾性と粘性の両方の性質を持ち合わせている状態のことをいいます。
弾性とは?
伸ばした距離に比例して応力が増える性質を弾性といいます。ヤングの式でおなじみです。
応力=弾性率(定数)x伸び
見やすくするために、応力をσ、弾性率をE、伸びをεとしてこう表現します。
σ=Eε
この式にしたがう材料を弾性体といいます。
弾性体をたくさん伸ばすには、より強い力が要ることがわかります。そして、伸ばした状態を維持するには、その伸びに見合った力をかけ続ける必要があります。
材料を伸ばすために使ったエネルギーは、1/2Eε2で計算できます。エネルギーは伸ばした状態で固定しても失われることなく弾性体の内部に蓄積されます。
そして、弾性体の固定を解除すると伸びが0に戻り、内部に蓄積していたエネルギーも0になります。その代わりに、弾性体の運動エネルギーとして吐き出されます。
輪ゴムを伸ばして離すと、輪ゴムが手にパチンと当たって痛いのは、輪ゴムに蓄積されていたエネルギーが運動エネルギーとなって吐き出された証拠です。
長々と書きましたが、言いたいことは、弾性体はエネルギーがロスしないということです。
粘性とは?
伸ばす速度に比例して応力が増える性質を粘性といいます。
応力=粘度(定数)x伸ばす速度
粘度をλ、伸ばす速度をdε/dt(εの時間微分)とすると、
σ=λ(dε/dt)
となります。
この式にしたがう材料を粘性体といいます。
プールの中で腕をゆっくり動かすと水の抵抗は感じませんが、素早く動かそうとすると水の抵抗が大きくなります。平泳ぎで、ゆっくり水をかくと疲れませんが、速く水をかこうとするとすぐに疲れます。溺れそうになったらバタバタ動かすよりもじっとしていた方がいいのは、水の抵抗による疲労を受けないからです。
粘性体は伸ばして離しても元の形状に戻りません。エネルギーも蓄積されず、熱エネルギーに変わってしまいます。
粘性という性質のイメージをつかむには、こちらの動画を見るのが一番いいです。
様々な物体に銃を撃ち込んだ結果、まさかのカスタードクリームが銃弾の貫通を阻止したという映像です。
カスタードクリーム、普段はトロトロです。
ところが、銃弾により超高速の変形を受ける、つまりdε/dtがものすごく大きくなると、カスタードクリームを変形させるのに必要な力σも莫大なものになります。
その結果、銃弾はカスタードクリームを十分に変形させられず、突き抜けられなかったという顛末です。
粘性の特徴をよく表していて興味深いです。
粘弾性のイメージをつかむ
粘弾性の挙動を知るには、弾性と粘性を直列に並べたものを考えるのが一番です。
ここでは一般的な参考書と同様に、弾性体をバネ、粘性体をダッシュポットで表して直列につないだモデルで説明します。
ダッシュポットと言われてもイメージがわかないと思いますので、粘り気の強い水あめをコップに入れて、そこに図のような棒が突っ込んであるものと思って下さい。
静的な状態:素早く伸ばして止める
弾性体
バネが伸びて、戻ろうとする力を溜めたまま固定されます。この力は減りません。エネルギーも減りません。
粘性体
伸張時は粘り気のある水あめの抵抗を強く受けます。素早く伸ばすと抵抗も大きくなるため、相当大きな力を加えないと棒は動きません。
一方、伸ばすのを止めると水あめの抵抗がなくなります。手を離しても棒は元の形に戻ろうとはしません。エネルギーもゼロです。
まとめるとこうです。
バネ:動かすときはさほど力が要らない、だけど動きをとめても力はかかりっぱなし。
ダッシュポット:動かすときはかなり力がいる、ただし動きを止めると力がかからなくなる。
粘弾性体
粘弾性体の場合はどうでしょうか?
まずはバネが伸びます。
ダッシュポットは伸ばす速度が速くて硬くなってるため動きません。
その後、動きを止めますと、ダッシュポットの中の棒がじわ〜っと動いてバネが縮んでいきます。
そして、粘弾性体にかかっている力が抜けていきます。
これを応力緩和と言います。
ダッシュポットの動きが止まってサチるまでの時間を緩和時間と言います。
ダッシュポットの粘度をλ、バネの弾性率をEとすると、緩和時間Tはこうやって計算できます。
T=λ/E
ダッシュポットの粘度λが低いとすぐ緩和が完了します。
バネの弾性率Eが大きいほどダッシュポットが強い力を受けて早く動くため、すぐ緩和が完了します。
そう考えれば、関係式のイメージがつかめるかと思います。
エネルギーは、この応力緩和により一部失われます。残ったエネルギーがバネに蓄積されることになります。
動的な状態:繰り返し伸び縮みさせる
図のように伸ばして戻して・・・を繰り返すことを考えます。
このような振動変形を与えると弾性と粘性を数学的に切り分けることができるようになるため、物性試験としてよく実施します。
これがまさに、動的粘弾性測定(DMA;Dynamic Mechanical Analysis)です。レオメーターとも言います。
図の横軸は時間、縦軸は伸びです。振動する変形ですと、図のようなsinカーブになります。
こちらに応力カーブをこちらに示します。
・一番上:完全な弾性体の応力カーブ
・中央:完全な粘性体の応力カーブ
・一番下:弾性体と粘性体の両方を併せ持つ粘弾性体の応力カーブ
この3つのグラフの形状を見ながら、以下の解説を読んでください。
弾性体
弾性体の応力のカーブは、伸びのカーブを縦にのばした形状になります。
伸びのグラフに弾性率の値をかけた分だけ、応力のカーブは縦軸方向に大きくなっています。
粘性体
粘性体の場合、伸びではなく伸ばす速度に比例するため、まずは伸ばす速度のグラフを書いてみます。
伸びがゼロのときとMaxのときは速度ゼロで、その間を行き来するときに速度が発生します。
そして、伸びゼロと伸びMaxのちょうど真ん中で最も速くなります。
速度って、伸びを時間で微分したものですよね。
伸びのカーブであるsinカーブを微分すると、cosカーブになります。
costというのはsint+90°です。つまり、90°ずれたカーブになるわけです。
よって、粘性体の応力カーブは、速度のカーブを縦にのばした形状になります。
速度のグラフに粘度の値をかけた分だけ、応力のカーブは縦軸方向に大きくなっています。
粘弾性体
2つのカーブの足し算になります。
応力=Esin(wt) + ηcos(wt)
実際にエクセルでカーブを書いてみると、このようになりました。
便宜上、粘度=弾性率x1/2にしています。
計算を解いていくと、このようになります。
言いたいのは、弾性体のカーブから幾分左にずれているということです。
90°ずれると完全たる粘性体になります。
何°ずれているかを見れば、弾性と粘性がどのくらいの割合かが分かります。
この角度をδ(デルタ)といいます。
そして、δをtanδの形で表現したものが、普段タンデルとかタンジェントデルタとか損失係数と呼んでいるものです。
δが大きくなるとtanδも大きくなるので、tanδが大きい→ずれが大きい→粘性が強い、ということになります。
実際の高分子材料では、どの部分がバネでどの部分がダッシュポットになるのか?
それでは樹脂の場合、どの部分がバネで、どの部分がダッシュポットになるのでしょうか。
バネになるのは、ポリマーの分子鎖1本1本です。ダッシュポットになるのは、分子鎖同士の間です。
例えば、非晶性樹脂を考えてみます。
ガラス転移温度(Tg)以下では
ガラス転移温度(Tg)を超えない温度では、分子鎖はお互いに分子間力で引き合っています。
したがって、分子鎖間は簡単にはズレません。
ダッシュポットの中身がカチコチに固まって動かないイメージです。
粘性はほとんどないと言えます。
Tg付近では
ところが、Tg近辺の温度になると分子鎖の運動が分子間力に勝り、分子鎖間が引き合う力が弱くなっていきます。
テンションをかけておいておくと、分子鎖間がじわーっとズレていくるイメージです。
まさにダッシュポットです。
さらに、分子鎖がだいぶ軟らかくなって弾性が小さくなります。
弾性は下がり、粘性は上がりますので、粘性の割合が増大します。
tanδが大きくなると言うことです。
さらに温度が上がると
さらに温度が上がると、分子鎖間はほぼ拘束されていない状態になり、ズレ放題になります。
ダッシュポットの中身が低粘度のサラサラ状態になるのと同義です。
したがって、粘性の割合は小さくなります。
一方、分子鎖の弾性はあまり下がらなくなります。
温度が上がって分子鎖が激しく動くと、分子鎖が余計にたくさん絡まって硬くなるからです。
したがって、弾性の下げはサチって粘性は下がりますので、粘性の割合は低下します。
tanδが小さくなると言うことです。
まとめると・・・
以上まとめると、Tg以下ではダッシュポットの中身がカチコチで、動かない棒と同じ(ダッシュポットがない場合と同じ)なので粘性の割合は小。
Tg近辺では、ダッシュポットの中身がドロドロで粘性の割合は大。
Tgより温度が高いと、ダッシュポットの中身がサラサラになり粘性の割合は小。
という風になります。
こういった挙動から、tanδのピークをガラス転移温度の指標にすることもあります。
結晶性樹脂の場合は、Tgと融点があります。
アモルファスな部分では、Tg付近で非晶性樹脂と同じことが起こります。
結晶化した部分ではTg付近では特に変化はありません。一方、Tm付近まで温度が上がると強固に引き合っていた分子鎖間が緩んできて、アモルファス部で起きたことと同じような挙動が見られます。
実務での使い方
上記の知識をベースに、DMAで測定したtanδの温度依存性からガラス転移温度や架橋度合いを読み取るといったことができます。
別記事で詳しく解説したいと思います。