30代の生き方、働き方

家の隣人、職場の上司に神経をすり減らさないための対策とマインド

日本の場合、モンゴルの遊牧民とは違って、一定の場所に住んでいます。

職場も同じで、基本的には一定のところに長く留まることが多いです。

日本の社会は、協調性があることを前提に維持されています。

したがって、家の隣の人や職場の上司がウマが合わない人だと、とても苦労します。相手にいなくなってもらうわけにはいかないですし、自分自身が離れることもできません。

我慢して堪え忍ぶほかありません。

家の隣人にイライラする

世の中、隣人との騒音トラブルやタバコのトラブルでストレスを抱えている人、めっちゃ多いんじゃないでしょうか。

私も、隣人の振る舞いがいちいち気になる時があります。夜中にドンドンと音がしたり、タバコの匂いが流入してきたり、騒ぐ声が聞こえたり、はたまた音楽の重低音が響いてきたり・・・。一つ一つの動作が単発で一過性のものであれば気にはしませんが、継続的に発生したり、程度がひどいとストレスになります。

あまりにひどいときは隣の人に直接言いにいったり、管理会社を通じて注意してもらえばいいのですが、取り立てて言うほどではない場合は我慢するしかありません。

例えば、ベランダでの喫煙が禁止されているのに、隣の人がベランダで吸っていたら注意することができます。しかし、隣の人が台所の換気扇の近くでタバコを吸っていて、排気口から出てくるタバコの匂いが洗濯物に付着したり、自分の部屋に流入する、という場合は別です。相手は禁則事項を遵守しているわけであり、注意しようがないからです。

こうなるとじりじりと神経をすり減らしてしまい兼ねません。

職場の上司にイライラする

他の記事でも触れていますので多くは書きませんが、外れの上司に当たってしまうとすごくストレスが溜まります。

どこの会社に入るか?よりも、上司がどんな人か?の方が影響がでかいです。しかも、上司は選べません。

https://punhundon-lifeshift.com/post-310

その他(電車の中の人にイライラする)

電車に乗っていると、こちらの足にべったり当たるくらい足を広げてきたり、肘掛けを占領してくるヤなおっさんに遭遇することがあります。

電車の場合は、自分から去ることができます。

こっちが先に座っていた場合、この野郎!と憤って、足で足を押し返したり、肘掛け奪還のために肘で小競り合いをかましたりしてしまうこともあります。電車が混んでいて、他に席が空いていないときはなおさらです。

ただ最近は、そうやって神経をすり減らす方が損だと思うようになり、すぐに席を立って、別の場所に移動するようにしています。

新幹線の指定席の場合はどうしようもないので、乗っている間の辛抱だと思い我慢します。そうならないように、座席は必ずAかCにします。AかCであれば、隣に誰かが座ってくる可能性が低いからです。

いつでも逃げられるように、家も会社も流動性の高い状態がいい

運悪く、いい隣人や上司に恵まれなかった場合、長い期間我慢しなければならず、心身を消耗します。

私も痛いほど経験してきました。

したがって、いつでも逃げられるように、家も職場も流動性の高い状態にすべきです。

「アホは相手にしない。アホに付き合う暇はない」

どうしても合わない人、注意してもやめない人からは、こちらから距離を置くのが最善の選択です。

しっぺ返し戦略では、はじめは協調を選択し、相手が協調を選択してきたら協調で返します。一方、相手が裏切りを選択してきたら、こちらも裏切りで応酬します。

「こちらから距離を置く」作戦は違います。

相手が裏切りを選択してきたら、相手との関わりを絶ちます。試合を放棄するのです。

家の流動性を高くしておくために、家を購入するのではなく、賃貸マンションや貸家にします。

職場の流動性を高くしておくために、職場外でも通用する技能を身につけます。

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遊牧民スタイルで逃げ道を作ろう

私は昔から遊牧民タイプでした。

昔やっていたバイトは長期ではなく短期の単発バイトが多かったですし、サークルにどっぷり浸かることもありませんでした。

家も賃貸が好きです。

今の職場への精神的な依存度も低いです。

私は神経質なところがあるので、無用なストレスを抱えないように、無意識に逃げ道を作っておく考え方を選択してきたのでしょう。

そして、この選択がさまざまな消耗リスクから身を守ってきてくれたように思います。

鈍感力も大事

上で述べたように、無用なストレスを抱えないよう、家や職場の流動性を高めて逃げ道を作っておくことは大切です。

一方で、独りよがりの思考で相手のことをちゃんと理解せずにストレスを溜めている場合があります。

相手は私とは全く違う行動様式で生きているんだ、と理解することで、相手の言動に対して鈍感になることもあります。まさに「鈍感力」ですね。

平田オリザ氏の『わかりあえないことから』という著書があります。

本の中に、「協調性から社交性」という章があり、次のように書かれています。

“しかし、もう日本人はバラバラなのだ。さらに、日本のこの狭い国土に住むのは、決して日本文化を前提とした人びとだけではない。だから、この新しい時代には、「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく能力」が求められている。私はこれを、「協調性から社交性へ」と呼んできた。
(中略)
心からわかりあえることを前提とし、最終目標としてコミュニケーションというものを考えるのか、「いやいや人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が、どうにかして共有できる部分を見つけて、それを広げていくことならできるかもしれない」と考えるのか。「心からわかりあえなければコミュニケーションではない」という言葉は、耳に心地よいけれど、そこには、心からわかりあう可能性のない人びとをあらかじめ排除するシマ国・ムラ社会の論理が働いてはいないだろうか。”

すごく重みのある言葉です。

相手とは分かり合えないという前提で、うまく付き合っていくこと。

私も知らぬ間に自分の常識を持ちだして相手に期待してしまうので、気をつけないといけないなあと思っています。

ここは相手の言動に過敏に反応しないための鈍感力が必要になると思います。場数を踏むしかないのでしょうね。

もともと、個室じゃないと寝られなかった人が、フェリーの2等寝台や2等Bの雑魚寝で寝たり、ドミトリーで見知らぬ人と同じ部屋で寝たり、テントで寝る経験を積むと、だんだん鈍感力が身についてきて、個室じゃなくても神経質にならずに眠れるようになることと同じなんだと思います。

結論

いつでも逃げられる環境作りをしておく、逃げると別のデメリットが生じる場合は「鈍感力」で乗り切る、が今回の結論です。