30代の生き方、働き方

会社、企業の研究職に就いた人に読んでほしい。たとえ既知でも「自分で手を動かして」つかんだ知見には価値がある。

会社、企業で研究開発の仕事をしていると、様々な試作と評価の末、開発を大きく進展させる新しい知見を見つけた!っていう瞬間がよく訪れます。

その瞬間は興奮し、うれしくなります。研究者の醍醐味です。

福井謙一「メモしないと忘れてしまうような着想こそが貴重なのである。」「メモしないでも覚えているような思いつきは大したものではない。メモしないと忘れてしまうような着想こそが貴重なのである。」 フロンテ...

しかしながら、その後、特許や文献でいろいろ調べていると、新しい知見だと思っていたことが、実は既知であることが分かりガックリくることがあります。

正直、ほとんどがそのパターンなんですけどね。

意気揚々と報告するつもりだったのに、実は先行技術があったなんて話すと今までの苦労が水の泡。

むしろ、何で最初から先行技術をベンチマークしてなかったのと責められるんじゃないかと鬱々とした気持ちになります。

ああこの情報に早く触れておけば良かったと後悔したり、既に知られている情報にたどり着くのにこんなに遠回りするなんて情けないなあと、自分を責めてしまいます。

でも、これって本当に”しくじった”ということなのでしょうか。

自分で手を動かして知見をつかんだことに価値がある。既知かどうかなんてどうでもいい。

たとえそれが既知の知見であっても、自分で気づけたことに意味があるんじゃないだろうか、と私は考えています。

すでに知られているかどうかは大したことではなくて、自分の力でその知見に到達できたことが大きい。

もし開発初期にその情報に触れたとしても、きっとうまく使いこなせなかっただろうと思うのです。

自分で気づけたから、それをうまく取り入れて開発を進展できたんだと思います。そう考えると気持ちが楽になります。

そりゃ、世の中たくさん人がいるわけで、凡人が見出すようなことはすでに誰かが考えているものです。

ということで、研究開発の肝は、いかに重要な知見に自分で気づけて開発に取り入れることができるか、これに尽きるなあと思います。

すごい成果なのに資料にまとめるとしょぼく感じる。そんなん当たり前です。

なお、めっちゃすごい成果なのに、いざプレゼン資料にまとめようとすると、結論が当たり前の内容のように見えて、しょぼく感じることがあります。

でも、これはノーベル賞をとった人の研究成果にも同じことが言えます。

研究活動に縁のない素人がノーベル賞を受賞した研究内容を聞いたら、「これってそんなにすごいことなの?」「普通に思いつきそうじゃん」なんて思うかもしれません。

ノーベル賞受賞者がすごいのは、このシンプルな成果を見つけるまでに膨大なノイズを取り除いてきたと言うことです。

ノイズだらけのゴミの山から金塊を見分けるためには、粒一つ一つを調べて、ゴミか金塊かを峻別してきたんです。

そもそも、その山に金塊があるかどうかすら分からない状況で、です。研究活動というのはそういうのに近いと思います。

その人が研究を続けてなかったら、金塊はずーっとゴミの山に埋もれたままです。ノーベル賞受賞者のすごさを知るためには、彼らの苦労話に耳を向けることです。

教科書に書かれていることも、先人たちが一生懸命掘り出した金塊のオンパレードと言うことができます。

私も、苦労した感を知ってもらおうと、プレゼン資料のページ数を多くしたり、紆余曲折した経緯を詳しく書きたくなるのですが、プレゼンする相手に理解してもらうことを考えると削らざるを得ません。

だから、プレゼンの後に、開発の苦労を察して「すごい成果だったね、ここに行き着くまでに相当苦労したでしょう」と言ってもらえると、ものすごく嬉しいですし、研究開発の苦労をよく理解されている方だと分かってその相手を尊敬するようになります。

相手が文系の人だと、そこらへんをなかなか理解してもらえないんですが・・・。

ツイッターで以下のようなツイートがあり、興味深く読みました。


たいていのスクールは細かく理論から学ばせた後に実践に入る。
「まずやってみる」 → 「とりあえずできた!」ってほんの少し自信をつける → まず初歩的なことを繰り返す → うまくいかなくなってくる → 理由を探しているうちに理論の内容を理解する → 自然と理論を学ぶの方がわたしには合ってたんだな…!

多くの人にとって、知識を自分のものにできたときって、大概このフローを踏んだときではないでしょうか。

自分で手を動かして知識をつかむことが大事

座学でひたすらインプットしたところで、実際に手を動かさないと知識が頭に定着しません。

先にアウトプットして、足りないところや分からないところが出たらインプットするという自分主導での学習形態にするのが一番有効なんでしょうね。

私もエクセルのVBAを学んだときは、最初こそは2時間の初心者セミナーを受講しましたが、その後は自分でプログラムを組んでみて、欲しい構文が出てきたらその度にインターネットで調べる、を繰り返すことで、簡単なマクロは作れるようになりました。

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ひたすらセミナーで話を聞いたり、みんなと一緒に例題を解いていったところで、なかなか身につかなかったでしょう。

ちなみに、このやり方が有効なのは、分からないことをインターネットですぐに調べられるようになった恩恵です。

昔だと欲しい情報がすぐ手に入らなかったので、詳しい講師のもとでセミナーを受け、みっちり学ぶほかなかったと思います。

したがって、ここらへんに対する認識は世代間で大きく違うと思います。

自分で気づいて腹落ちすることで、自分の力になるということです。

そのためには、まず自分でやってみることからスタートします。

これには時間が必要ですので、ふんだんに使える時間があって初めて、自分で気づくための環境が整うということです。

こちらの記事に、このことについて詳しく書かれています。

『12時間円柱を描きつづけてはじめたわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間が掛かるのに、みんな先に教わってしまうんだね。』